今年も残りわずか。

この一年、激動に変化のある年だった。

辛酸を舐めて、どん底に落ちて、そんな時期さえも
底辺を這いつくばりながらも、子供のために生き延びて
生き抜いて、不倫彼を憎み恨んだ。

その憎しみを原動力にした事もあった。
けれど、そういうマイナスパワーに自分自身が参って
しまった。

元家人に逃げたりして・・・

弱い自分を意識する。

来年は穏やかに過ごせると良いな。

ある意味、よくよく考えると不倫彼との最初の一年半は
間違っていたと今では全貌が見える。
ただその渦中には気づかない。

私はいつも事をいそいで失敗してしまう。

精神不安定になって、周りを巻き込んでしまう。

不倫彼との金銭トラブルを、家族や弁護士に相談した。
(結局、彼が私との別れ話で彼なりに動揺した結果
だったので今では随分軟化している。)

これは絶対治さなければ・・・

今は、不倫彼と二人の関係性を大事にして長期的展望
で付き合っている。すごく上手くいっていると思う。

彼の癒しになれる存在でありたいと願うようになったから。

正直、私は彼に指摘されたように揺れ動いている。

どうして、こんなにユラユラしてしまうんだろう。

そして、今、不倫彼のことを愛している。

心の不思議。

あんなに自分を苦しめて、私を貧困に陥らせた張本人
なのに。けれど、彼の根底にある私への少しばかりの
愛情にすがっていた。

あれから半年かな・・・

今年も(私の子供と私が二人で過ごすために)、
私の誕生日を違う日だったけれど、お祝いして
クリスマスも違う日に一緒に過ごして、忘年会も
一緒に彼の借りた部屋でして、まったりとのんびり
くっついて長く過ごせて幸せを感じる。

最近は「愛してる」という特別な言葉さえ
取り交わしている。

まあ、時々彼が私の携帯をチェックするという洗礼
を突然受けるけれど・・・
私と元家人とのメールのやり取りを確認したいらしい。
そして保存している・・・。
見たって良いことないのにね。

今回は、年末年始は4日間離れる。
彼が当たり前のように、一緒に過ごそうと予定を組む前に
私は娘との家庭を守るために、実家の両親が訪問すると
嘘をついた。

彼と別れることになった原因は、娘と彼と気が合わなかった
から。

娘が未成年のうちは、私が全力で守る。

元家人とは、相手の自己主張が強すぎて性的な要求事項が
どうしても呑めなくて、今は離れている。
もう二ヶ月かな。
それでも平気でいられるなら、無関心になっている証拠。
だから別れも仕方がないんだろう。
だって、一日元家人のことを考えない日が続いている。
忘れちゃってる。愛情が消滅してしまった。

元家人には、私の誕生日を祝ってもらった。
娘と家人は普通の仲だから、三人で北八ヶ岳へ旅行に
連れて行ってもらった。けれど・・・そんな幸せは
長く続かず・・・

クリスマスプレゼントも、もらってしまった・・・
私は完全に忘れてしまっていた。
お礼のメールをかろうじてしたけれど、家人のために
何かをしてあげたい気持ちになれなくなってしまった。

哀しいけれど・・・自己主張が強すぎる人とは
続かないね。

私は、娘とワンコとの暮らしを気に入っている。
男が家庭にいないというこの気ままさ。自由さ。


予定通り、引越しした。
けれど、予想外のトラブルに遭い新たな部屋を
探して契約した。それがようやく落ち着いたところ。

今は、いろんなことが落ち着いている。

本当に去年とはまた違う境遇。
何故に私の人生は波乱に満ちているのか。

いい加減落ち着きたい。

まあ、そういう星のしたに生まれた運命なのかも。

私の出会い運は60歳からだって。

いづれにしても、娘っこが成人するまで6年は
母親業として徹することに決めた。

娘っこの自立をサポートするために全力で
頑張っている。
幸せ・・・。気持ちが落ち着いている。

家人とはうまくいってない。
やっぱり、愛情が消滅していることがはっきりと
わかった。家人は、私に対して要求・主張が多い。
それを通すために、ごんぎつねのように健気に
物やサービスで私の心を釣ろうするところが皮肉。
これは致命的な問題。
だって私はいくら何をされても、要求主張はのめない
から。家人のそれはたいてい性的なことばかり。
私が生理的に嫌悪を感じてしまう。

相手の個性を尊重できない関係は、共に何かを築く
ことが困難。
その点にいつまでたっても、気がつかない家人は不幸な
人だと思う。可哀想。
きっと私じゃない女性と出会っても、最初は限りなく
優しく接した後に、自分の要求主張を長文メールや
文書にして相手に渡して、さあどうするの?と
突き詰めるような振舞いをするだろう。
相手は苦痛と感じるはず。

私は無理。

相手のことを尊重するから私のことも、縛らないで
決めつけないで、求めすぎないでと思うタイプだから。
なんでも度がすぎるのは勘弁。
相手をコントロールしようと(自分色に染めようとする)
する相手は苦手。防衛本能がフル稼働してしまう。

だから家作りも頓挫。

今は、もっぱらまた不倫彼と恋愛中。
だって、この人は立場上求めてこないから楽なんだ。
結局。

ダメだね。

私は結婚に向かないんだとはっきりわかった。

なので、娘っことわんこと一緒に呑気にそれなりに
懸命に生きることにした。




私にとっては、穏やかな日々が戻ってきた。
心が仕切りスペースの整理を設えて、きちんと
不倫彼とのことと家人のことを収められるよう
になったから。

時々、哀しくなるけど・・・
こんな風にしか生きられない自分の事を
哀れに思う。

家人とは、平日ウォーキングと週末のどちらか
に会って身体を重ねる。

不倫彼とは、週末1日逢う。
メールは朝のみ。週1位電話で話す。

不倫彼と身体を重ねても、私はいけなく
なってしまった。
やっぱりメンタル弱いんだな・・・

昨日のデートで、夜は行きつけの蕎麦屋で
辛味大根のそばせいろと鱧と海老の天ぷら
ひやおろしの地酒を楽しんだ。
その席での会話は、部屋の解約後の話。

今の部屋を本格的に解約する日を決めて
彼が新しく1DKのマンションを借りること
になった。
そこに家電と家具の一部を移して、残りは
彼の自宅へ移す。

彼が随分、態度を軟化させてくれたのでほっと
している。
彼は怒ると理非をわきまえないところがあるから
対応に疲弊してしまう。

私が家賃を払うのは、11月中旬の解約日まで。
その後は彼への借金の支払いに充てる。

来年いっぱいはかかるかな・・・

この部屋から新しい部屋にうつり、また新たな
彼との逢瀬が始まる。

彼はホテル代と外食費を倹約する為と家具類を
置く為に、新しい部屋を借りると言っている。

私は、自分の部屋で暮らし家人が家を建てたら
そちらへ娘とワンコと共に移り住む。

けれど、私の健康問題があるので予定通り
いかないかもしれない。来年中にとは言われて
いるけれど・・・

不倫彼が、一切家人のことを言わなくなり
ホテルでも、泊まりでも私のバッグをコソコソ
探らなくなって久しい。

理由を聞いたら、私のことを信じることに決めた
とのこと。

いつもそのことで二人が言い争って
険悪な雰囲気になっていたから、私が彼に
会う、話すことが苦痛になって会うたびに
彼に恨み言ばかり言っていたから・・・
そんな自分自身が醜くて、一番私が嫌だった。
嫌いだった。・・・辛かった。すごく。

だから彼がもう家人のことや私の生活について
聞かなくなり、苦しかった気持ちが解放された。

思わずほっとして、耐えきれず涙がこぼれた。

彼が涙を拭いてくれた。

本当にほっとしたから。
ありがとう・・・

今は、私はどちらも愛してないから
どちらも選べない。

いつ死ぬとも限らないから、この生き方も
やめることができない。

覚悟をもって、生きるしかもう術がない。











先日、不倫彼と初めての体験をしたと書いた。
それはよくいやらしい動画で見る、女性の体験だ。
それを経験するまでは、演技だと思っていた。
(まあ、本当だったけれど)
でも毎回そうなることはなくて、その後の彼との
エッチではならなかった。

それとは別に、家人とも全く別の初体験をした。
家人とは、サイズが合うみたいで私のジャストな
場所にまともに当たる。
なので、先日は初めて中でいくことができた。
本当に驚いた。
今迄は、ずっと外の感じる部分でしかいくことが
できなかったから、私はこのままだろうなと思った。
家人とは10年位かな?エッチしているけど、今回
ようやく中でいけたので良かった。

けれど、やっぱり二人とも好きになれない。

愛し合って、求めあってのエッチじゃないから。
私の気持ちは、既に醒めていて何かとの引き換えに
しているだけ。彼らは気づいてないけど。

好きじゃなくても、体は反応する。

多分、二人とも別れると想う。

そんなに遠くじゃない未来に。

幻滅しているから・・・この二人の男性に。

全く魅力を感じられない。

ひとりはけちでせこく、計算高いおっさん。
ひとりは未熟な器の小さい、スネオのお坊ちゃん。

私も人のこと言えない欠陥のある人間だ。

それでも、この上記の二人の男性と関係していること
に吐き気を催す。利用しているだけだと思うと自分が
大嫌いになる。嫌悪感。私は酷い人間だ。

毎晩不眠症。

不健康な生活。二人といると笑うことは少ない。
だから、週一回会うのが精いっぱい。

なのに、家人が毎日ウォーキングしようと何かと
うるさく言ってくる。本当にこの世から消えて
と思うくらいしつこく長文スクロール付きの携帯の
メールを何通も送りつけてくる。

しつこくて仕方ないから、平日のみ体調が悪い時を
のぞいて一緒に歩くことにした。
退屈な会話のない二人なのに、苦行だ。

家人とは、子供が成人するまであと6年の我慢。
あれこれ要求されるけど、耐えるしかない。

子供といる時だけ、幸せを感じ楽しく笑える。

不幸な人生だなぁ。

不幸な人生

2013年9月7日 ふと想う
不倫彼と、縒りを戻した家人とは
大分落ち着いてきた。

不倫彼と逢う時は、私名義の携帯を持っていかなくなった。
泊まりの時も、不倫彼から渡されている携帯のみ。

それは、不倫彼がすぐにコソコソ盗み読みするから。
パスワード設定しても、なぜか見破る。
おちおち、一緒に居ても昼寝できないし、不倫彼も
なんか気の毒に思えてきた。
だって、私の携帯が私のバッグに入ってると思うと
どうしても家人とのやりとりが(もうより戻していると
確信しているみたい)気になるらしいから。

だから、不倫彼に断わってこの人と会う時は家に
置いてもう持ち歩かなくなった。

ほんと疲れる・・・・
猜疑心強くて嫉妬深くて、せこい50過ぎの男。

なんとか別れたいけど、まずはここの家賃と車の
リース代を返し終えなければ。
それを11月末までに決めて伝えた。
10月末までに、娘とワンコと共に私名義のアパートに
越すことにする。
11月中に、不倫彼が家具と家電製品を整理する。
売却か、自分の大きな家に送るか、レンタル倉庫を
借りるか。

それ以降は、私は一切家賃は払わないと伝えた。

あとは、130万円位借金があるから分割で繰り上げ
返済を心がけてどんどん返していって、せこいおっさん
と縁を切りたい。それだけ。

なんか、やっぱり愛せない。
この人はエッチが好き過ぎて、ひいてきた。

不倫って結局、なんの積み重ねも実りもない。
二人で意義のあることを築き上げることも全くない。

今迄、何回かしたけど、いつも同じ感想を持つ。
それは1年半以上たってから、余計虚しく感じる。

(結婚に対しても実はそう思ってる・・・
きっと私は空っぽの人間だから)

それから家人のことも、たぶん愛してないと想う。

私は男が好きではないんだと思う。

それどころか男性不信かも。

エッチさえすれば満足しているこの二人の男。
私自身も最低の女。

家人には、家を建ててもらう目的だけ。それだけ。

私には当分、完全別居している他人同然の籍だけの
関係の夫がいるが、既に11年経つ。
夫婦ではないね。

一方的に相手方が離婚を闘いとみなして拒否するので、
もう面倒臭くなってきた。

だったら、私も再婚する気もないし特にこのままの
状態でも不便を感じないし(慣れてしまい)、わざわざ
お金払ってまで離婚を申し立てしなくても良いんじゃ
ないかと思えてきた。

いつか元夫からなにか言ってくるでしょう。
両親も亡くなって、子供たちも巣立ったら、独りぼっち
になって寂しくなって女を求めるようになるんじゃない
かな。元夫も49歳。孤独死しそう。
支え合うパートナーもいない、寂しい初老の男性。

だから私もわざわざアクション起こすのは、
やめようと思う。

これは不倫彼にも、家人にも伝えた。
お金がかかるから、私にも実家にもお金ないから
無理なんだと。

彼らもお金出す気ないみたいだし、それで良いと思う。

私も孤独になっても仕方ない覚悟で。

川の流れのように身を任せて生きていくのも悪くない。

Enpty

2013年9月1日 ふと想う
最近、不倫彼と家人との愛情を常に確認、比較している自分を意識する。

私はとても狡いと思う。


けれど、今はどうしてか不倫彼を恋しく焦がれて仕方ない。

どうしよう・・・

いつのまにか、またなし崩し的に将来を約束する仲になってしまった。


彼が土地を探し始めてしまったから、家人と家づくりを開始した現在

慌てて、マンションが良いなとか、彼の家族を別の場所に移ってもらい

(もちろん彼がいくつか候補地を探して資金提供する。しばらく年金開始

まで生活費を保障する等)私が彼と同居するという話し合いを深く話あった。


彼と奥さんは、決定的な仮面夫婦。

生活費も介在することなく、奥さんとその母から家賃と義亡父の遺した

借金を毎月受け取る立場。

子供たちからも毎月それぞれ家賃を受け取っているせこいおじさん。


私からも毎月家賃と車のリース代を受け取っている。


本当は、別れたほうが良いに決まっている。50代半ばの薄毛のおじさん。


なのに・・・どうしてだろう。


離れられない。


私は淫乱なのだろうか。


身体の快感を棄てることができないからか。絶望的快感。


私は初めて潮吹きというものを経験した。


すごくショックで恥ずかしい出来事だった。


信じられないくらいの快感を感じ、同じくらい悲しかった。


私の身体が変わっていく。もの凄いスピードで。


私を全力で守り、愛してくれる家人のことを大切に護らなければ

尽くさなければいけないのに、私はそれを選ばない。


私は、きっと病気で早くこの世を去ると思う。

左胸に兆候が出始めた。毎年受ける癌検診。

誰にも言わない。今はまだ・・・壊したくない関係性。


私はいつもエンプティだ。


哀しいけれどこれが現実なんだとおもう。

だから、愛する人を素直に愛したい。


私の大切な娘。彼。家人。


私をかたちづくるセカイ。それが総て。

今日は子供の習い事の送迎。

もうすぐ迎えに行く時間。


不倫彼には今月からフルタイムで勤務を始め

土曜日も午後一時までと伝えているので、

本当に心身ともに楽になった。


毎月、彼名義の家賃と車のリース代金11万を

振り込み予約を済ませた。


また虚しくなり・・・

こうして彼にお金を支払い、日曜に彼に抱かれ

なければならない義務。

月に一度あるかないか彼に頼まれるご奉仕を

断れない情けない自分に嫌悪感。


今週は、家人の神経をフルに遣うメールのやりとり

に神経が参り、今日会う予定だった家人との約束を

キャンセルした。

申し訳ないと思いつつも、私の一語一句に神経質に

過敏に反応し、追求してくる本来の性分に辟易した。

家人は、おおらかさとは真逆の性分をしている。


しかし優しく責任感が強い。


けれどおおらかさが全くと言って良いほどなく

絡み付いてくる。お酒飲めないのに・・・


本当に疲れる。


別れてからよりを戻しても、それは変わらず

私は家人とのメールに物凄く神経を遣い、苦手。


家人は、私以外の人にはおおらかなのに・・・(涙)


占いで私の出逢い運は60歳以降という。


おおらかな人と出会いたい(O型の人は無理。大ざっぱ)

今日彼と逢っているとき、また私の第六感が働いた。

去年と同じ頃、私は彼のことがまだなかなか信じきれなくて

不安で、つい元家人とか元彼と連絡を取り合ったりした。

実際、元彼とは全く友達関係なので(別れてから)飲みに

行ったりもした。



それをなぜか、彼が感づいて暫くの間探りを入れられて

彼がアパートに泊まっている間に、深夜寝ている私の寝室

に侵入してきて、携帯を盗み見ていた時期があった。



結局、ばれてしまい謝って許してもらったけれど

それから彼に断わって携帯をロック設定するようにした。

信じられなくなって・・・



元家人は、私の日記とか携帯とか時々無防備にそこら

辺に置いてしまっても見ない人だったから、見る人もいる

んだと驚いた。

もちろん私も他人のものに興味なしのタイプ。



その第六感が、今日感じてしまった。再び。



ホテルで抱き合った後、眠くなってうとうとしていた。

いつもだったら、彼もいっしょにいびきかいてグーグー

寝てるのに、ふと目が覚めたら私のバッグの辺りで

暗がりなのになんかしてる感じ。



声を掛けると「ホテルのアンケートを埋めてる」というけど

不自然。



なんか、テンション下がった。



その後、ホテルを出て夕食を食べてる時も彼が急に

自分と別れても、みのわは事実婚していた彼が待っている

んじゃないのみたいなことを言ってきた。

嫌な気持ちになった。



彼は、自分から別れ話して 婚約解消したくせして、

しかも離婚してないのに・・・



私は、彼関係なく自分で決めて今までの継続で今年秋

再度離婚裁判をする。



元夫と無事に離婚成立したら、ようやく再婚できる

立場になれる。だから、どうしてもずっと私を想い待ち

続けてきてくれた(1年5か月は完全に別れたけれど)

家人に対して、応えたいと思う。

娘のことも3歳の時から大切に養父として育ててきた

人だし、別れた後も娘の養育費を途切れず支払って

きてくれた人。



私は、完全に今では彼よりも家人と将来共に過ごした

方が娘にとっても、私の親兄弟にとっても(みんな知ってるから)

良いに決まっている。家人の親や親せきにも会ってきてるし。



それが自然なんだとおもう。



彼が、来年家を建てて私と娘は中学卒業するまでは

時々泊まったり行き来する。



そして、娘が高校にあがったら私たちは同居する。

私がその時未婚であれば、家人と正式に結婚する。



不倫彼と完全に別れる。



頭ではわかっている。



けれど、彼の気配が完全に消えてしまった部屋の中にひとりで

いると、すごくさびしくなってしまう。



あの人はあんなにおじさんなのに・・・

あの人はあんなにせこいのに・・・

あの人は私に嘘をついたのに・・・



あの人はもう私を助けてくれないのに・・・



あの人は優しいけれど、ズルい人・・・



私はしっかりしなければ。

私は冷静に考えなければ。

まずは子供を守らなければ。

まだ未成年の娘を第一に。安全な日常を私は

娘に与えなければ。

それが私の使命だから。



私はバカでよわっちいけれど、子供を守る母親

の立場をおりるつもりは全くない。

むしろ、私は闘う。

この安全で穏やかな日常を守るために。



ぷかり、ぷかり・・・



まだ、何かの片鱗を、何かのかけらを追いすがってしまう。

バカな女の想いが、ぷかりぷかりとあちこちに浮かんでは

パチンと一瞬に消えていく。



現実と責任と対極にある、無責任で無謀な想い。

期待、希望、甘え、女の生臭さ。



それはシャボン玉のように儚い。



これで二度目になってしまうが、確か前回は
私が鬱を再発してすぐの時。

今回は、娘のことがきっかけで母に電話して
話を聞いてもらううちに私の気持ちが不安定
になってしまい、散々な結果になってしまった。

また昔、父親に虐待されていたことを母が
夜遊びしていたせいだと、母を責めたてた。

父が、夜中「みのわをいじめてた」と告白
したらしい。(後日談)

私はどうしてもこの苦しい記憶が忘れられず
母を責めてしまう。
我慢強い性格のはずなのに、一旦感情的になると
破滅的衝動性に襲われて、人を刺したり自分を
刺したり血だまりの中で浮かんで良いとさえ思う。
世界の終わりを身の近くに感じる。

誰かを傷めつけたり、叩いたり、心を壊して
しまう行為は殺人的行為だ。

それは本当にいつまでも消えない苦しい記憶と
なり人の心を昇華させることはない。

絶対にやってはいけないことだ。

母は謝っていた。

でも、私は夜中やっぱり起きて泣きながら
後悔した。

なんで私は、人を傷つけることしかできない
んだろう。なんで・・・
母はきっと眠れない夜を過ごしているに
違いない。

私は親不孝だ。

ずっと死ぬまで我慢し続けることができない。

受けた傷を執念深く覚えている。
最悪。

私は父に虐待されていた時、自分は違う場所
にいて暴力をうける私を見ていた。

今はそんな暴力なんて全く無縁の日常なのに
時々苦しくなる。甘えている。

これからどうやって生きて行けば良いのか。


LINE繋がり

2013年4月10日 ふと想う
昨日、LINEを弟と繋げて話をした。


そのあと、母に話したらしく母からもLINEのリクエストが来た。


母もやってたんだ・・・びっくり。


スタンプを送信しあう。


新し物好きな母。昔からそんな感じ。


逆に中学生の我が子の方が、アナログ派。(彼もそう)


昔からそうだったけれど、とてもユニークな人。私の子供。


自分の意見をしっかりと持っていて主張する。曲げない。

精神に不屈の華を持っている。


私は、とても弱い。


とても弱いくせに頑固で強情。


そして、常に孤独。


弱音を吐いているくせに、弱みを見せない。


もっと楽に行きたいけど、難しそう。


私は母を愛しているが、とても苦手に思う。
この感覚に罪悪感を覚える。

母の感情に振り回されてきたから、今もそれが
私を支配する。

時に母を憎む。

けれど同時に愛する。

そして涙する。

母のことを考えると、強い感情に揺さぶられる。

春一番の風が、道端に転がる空き缶を一瞬で移動させて
しまうように。
コロコロと、カランカランと音を立てながら
私の気持ちも転がっていく。

この感情はいったいなに?どう表現すれば良いかわからない。

だから母と話したくない。
でも、心配してしまう。

これは愛情なのか?
性分なのか?

自分で課した義務として月一度の電話。メール。

電話を切った日は、寝つきが良くない。
苦しくなる。

40にもなって、情けない。

母に動揺する自分が、まるであの日のよわっちい娘みたいで
胸がざわつく。

彼に話したところ、「それは親離れできていないからだよ」と
指摘された。そうなのかな。

とほほ・・・

母に愛されたかったよ。
無条件でね。



最近の私、へんだ。
少しずつ、落ち着きを取り戻して前向きな精神を
取り戻してきたはずなのに・・・

長い時間をかけて、ようやく安定してきたのに。
常に不安がつきまとう。

このままでいいのか。
ちゃんと足元を確かめて生きているのか。

彼とのこと、しっかり見極めなければ。
彼がたとえいなくなっても、娘を守ってしっかりと暮らせる
ものを蓄えなければと思う日々。

彼と一緒に暮らすのは、娘が高校卒業してから。
それまでは、現状維持。

先日、彼にそう返事をした。
本当は彼の仕事の都合で、場所が限定されてしまい
彼が住む地域に土地を購入してそこに家を建てて
私と娘が移り住み、共に住む予定でいた。

未だにすごく迷っているけど、それしかないのかも。
それまで彼はきっと動かないと思う。計算する人だから。

果たして私の愛情が保てるのか。
できれば、新鮮なうちに共に住みたい。
でも、後悔はしたくない。

どうしたらいいんだろう。
なんで悩んでばかりいるの。迷って迷って・・・

安定した生活を送りたいのに、そうできなくてもどかしい。

私は自分の意思で、人生を生きていくことしかできない。

だからその結果は自分で背負う。
今までもそうだったし、これからも。

そのように生きる。

今は、子供や彼からの愛情を受けて暮らす日常。

でも安心はできない。
いつも安心して暮らせない。危機感が離れない。






一年が経っても、相変わらずのわたし。

一年前の恋愛はもうない。
ずっと長い間、9年以上私を見捨てずにそばにいて
支えてくれた人もいない。

自分から切ってしまった縁がゆらゆら。

今の私には、大切な娘っこがいる。

そして、新しい出会いがあった。
でも、幸せじゃない。

豊かな生活を与えられても、幸せと思い込もうと
自分に言い聞かせても、また馬鹿な虚しいことを
繰り返そうとする自分に反吐が出る。

人生はぐるぐる廻っている。

自分が一人でたてないから、同じところを
ネズミみたいにぐるぐると廻っている。

ただ、月日が経つのを待っている。



あなたはいったいだれ?
私の気持ちをユラユラさせているもの

あなたはどこにいってしまうの?
私の気持ちはフラフラしているのに

もう少しいろんなこと考えたかった
窓からのびるカーテンにまるまって
少しずつあなたは隠れてしまう

絶対みつからないところへ
もう手の届かないところへ

私は夕日の陰影の部屋の片隅で
膝を丸めて頭を沈めて考えていた
時間が経って焦りを感じて生き急ぐように
顔をあげて立ち上がったけれどそれなのに

丸まったカーテンのレールの網目から
射し込む昏い斜光の触手にのっかって
一緒に見つけようと滑りこんだけれど

時間の経過が経ち過ぎて
夜の闇に光の影を見失い

あなたはもういなかった

私は既に喪ってしまった

こんな風に闇は過ぎゆく
冷たい風が肌を撫でゆく

ありがとう

2012年1月17日 ふと想う
私の人生って、寂しいなぁ。
いろんな人と知り合うけど、みんな通り過ぎていく人ばかり。

私は人づきあいが苦手で、すぐ引っ込んでしまうからね。。
深く関わりあうことが怖い。

自分の家族とも、距離感をつかむのに苦労するくらい。

娘っこだけが、私のすべてを受け入れてくれる。
無条件に愛してくれる。

娘っこは、学校の担任から頼まれた卒業制作の絵を仕上げて
学校に持って行った。
きっとそのまま掲示されて、返却されないだろうから・・・
デジカメで撮影した。二枚。

鮮やかな色合いの、クラスメイトの絵。
気合が入ってるよ。
それぞれの表情が、一人ひとり細かく特徴を掴んで描かれている。

娘っこは、沖縄の離島が印象に残っていて「ママに、家を建てて
あげるから、一緒に住もうね」とプランを絵に描いてくれた。

ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

娘の涙

2011年11月15日 ふと想う
私の娘は、いつも元気印の
明るくちょっと生意気な小6女子。
泣いたことはあまりなく
(まあ時にはあるけど)、
いろんなことを心の中に閉じ込める
タイプ。
動物占いだと波乱に満ちたペガサス。
矢井田瞳と同じ。芸術家肌。
地主のお嬢様として産まれたのに、
母の不貞で保育園の時に
別居をして、団地住まいの母一人子一人
の生活が始まった。

当時、6歳だった幼稚園児の長男
と3歳年下の双子の兄と娘は保育園児という毎日だった。

元夫との軋轢の末に母親が不貞をして、挙句
興信所を使われて
(興信所に150万円を親に借りて出す元夫。)
あっけなく証拠を突きつけられて、
不貞をやめて元に戻るなら全て水に
流してもいいと追い詰められた。

(遊びはできず本気になるタイプ
ありがちだよね。女の浮気は。)

長男の幼稚園の卒業式も、
小学校の入学式にも出席させてもらえず。
門前払い。挙句に義父に大声で威嚇されて
逃げ帰った情けない母親。
子どもが高熱を出して園を休んでも、
心配して元夫の実家を訪ねても門前払い
された。何度も頼んでも、恥を忍んで
仲人に仲介してもらっても、拒絶された。

同じ保育園に通園していたのに、
迎えに来るのは今までと
違って私は娘だけ。
他のクラスの次男は、
祖父が迎えに来る。
更に、父親からの厳命で
私は次男に逢うことも叶わない。

罰が下った。

同情した保育士にほんの隙間の
時間に、次男を抱かせてもらった時に
保育園の埃と木の日向に当たった匂いが
次男のスモックからかおってきた。
その時いつも次男は
「僕にはママがいないんだよ」と
私に真顔で呟いた。

私のことは本当に忘れちゃったみたいだった。
本当にそう思えた・・・

私は泣き笑いを必死にこらえて、
涙を嚥下して無理やり明るく次男を
抱きしめてどんぐりほっぺたを確かめる。

絶対に子供の前で泣くまいと心に決めていた。
子供の気持ちを混乱させないように、それだけを
祈るように心がけた。

以前は、私が双子を保育園に迎えに
行っていた。
金曜日には双子の布団をも一緒に持ち帰る。
元夫は、育児に全く関知しない人だったから、
次男の迎えは義父が来ていた。

娘はAB型で感情を心の中に
収めるタイプ。

次男はO型で、感情を露わにして
私に甘えるタイプ。

なのに、別居してから次男は
私を忘れることに全神経を集中している
みたいに、泣かなくなった。

長男は、おもらし、チックの症状が出た。
調停の時に、元夫が言ったらしい。
それを聞いて、調停員がお子さんにお母さんを会わせて
あげてください。と言われたのに、それとこれとは別の
ようで私を拒絶した。
私を罰する一心で、元夫の心は鬼にな変化してしまった
のだろう。私の責任だけれど長男の気持ちを想うと懺悔
の気持ちで身が裂かれる焦燥心に煽られた。

本当に何年経っても、薄れることはないんだ。。
母親は絶対子供と離れてはいけないという後悔。
子供を傷つけてしまった罪悪感・・・
忘れることはできず、すべて刻まれている。

(元夫に対しての憎しみ、恨みの炎は消えることはないけど)

娘はもともと癇の強い子ども
だったので夜泣きが酷くて、元夫はさじを投げて
早々に私の元に送りこまれた。

それ以来私は、不貞相手と同棲後も更に罪悪感に苛まれ
笑うこと喜びを感じることに 罪悪を感じ、食べることにも
罪悪を感じて、 起きていると子どもの悲しい顔を想い出して
しまうので薬で無理やり眠っていた。

当然喧嘩ばかり。
気持ちはすれ違うばかり。
心は離れていくだけ。

私は子供が一番大切だったのに!!
なぜ愚かな女に成り下がったのだろう。
あんたなんて生きる資格なんてない。

こんな大事なことに気が付かなかった。
気づいた時には、もう遅すぎた。
愚かな女。最低な母親。

不貞相手は、すぐに自分の家庭に戻っていった。
相手の奥さんからの慰謝料請求裁判が始まった。
逆美人局版如く、不貞相手は私に不利な証拠を
あげつらった。
まあ、家庭に戻るのだから奥さんには私に騙され
唆されて不貞に至ったのだと主張したかったのだろう。
未成年の少年じゃあるまいし・・・
判決は当然、相手の希望に沿わないものだった。
大人なんだから、ちゃんと自分のした事は被害者ぶらず
敢然と受け入れましょうということ。

私の生活はというと、吐いてばかりで就寝夕方6時、
起床5時の日々が続いた。
体重も1カ月経たずに
10キロ減り転倒してばかり。

娘の食事はきちんとしていた。はず・・・
記憶が・・・あまりないのが正直なところ。


保育園の保育士が
「長女は、表面はとても明るく元気
ですがけして安心しないで。
次男と違って、この子は急に環境が
変わっても心の中に全てを溜めこめてしまう。
態度が変わらない方が心配です。
きっと心の中に相当辛いことや悲しいことを
ためこんでいるから、気をつけてみていて
あげてくださいね。」
と言われた。涙が出た。

(いつも涙三昧だった。)

新婚当時・・・
私は不妊症だったのに、元夫もその親も
消極的だったのにひとりで頑張って、
痛くてツライ検査を受けて毎日排卵
誘発剤を受けに通院し続けて、
3人も宝物を授かったのに 。

本来なら慈しみ、大切に育てていくべき命なのに。

私は、愚かな人間で自らおかした罪により
たったひとりだけ手元に残された。

私は、娘の激しい夜泣きの
おかげで不貞を犯したにも関わらず
子どもを育てる恩恵を授かった。
私は、罪を犯した。
元夫とその父親に昔なら市中引きづられて
斬首刑だと罵られた。実際に蹴られた。
当然のように、幼稚園や保育園、
ママ友の各家に私は最低な不倫女だと
触れまわられた。淫売女だと罵られた。


私は娘を宝物のように大切に育ててきた。
それはそれは大切な王女のように。

そして周囲の数々の援助を受けながら、
ここまで一歩ずつ娘と二人でひとつの
船に乗り込んで、オールを漕いできた。
様々な有意義な出会いを経て、
大小様々な波を乗り越えてきた。

娘は私にとってかけがえのない娘。
かわいくて強くて元気で私の宝物というワケ。
その言葉を、何度も言い聞かせて育ててきた。

今日は、夕方ご飯食べたらものすごい
睡魔に襲われてお風呂に
入るまで少しだけ眠っていた。

起きて下に降りて行くと、
娘が目を真っ赤にして泣いていた。
びっくりして声をかけると
「ママ~ごめんね~」と
駆け寄ってきた。

いつも観ているNHKの「アイ・カーリー」
の後に「みんなのうた」がある。

それは、小象と母象との物語を描いた歌。
母一人子一人の象の親子は、
ある日小象がいつものわがままで夜空に
浮かんでいる月を取ってきてほしいとねだった。
困った母像は仕方なくとりに出かけたが、
途中で猟銃によって銃殺されてしまった。
戻ってこない母象を探し求めて、
小象はさまよいようやく母象の亡骸を見つけた
・・・というお話。

「ママ、ごめんね。うち、いつもママに
わがままばかり言って困らせて寿命を
縮めているんだね~(涙)
これからは、ちゃんと手伝いするから
長生きしてね(涙)」

とワンワン泣いていた。

その日は確かに皿洗いしてくれた。

けれど、今はまた元の木阿見。
やっぱりね。

思春期だしね。
哀しいことがあった。
私が昔、好きだった人の日記を見つけた。

すごく哀しかった。

好きだったのに・・・あれほど、お互いのすべてを捨て去り求め合いひとつになろうと誓い合った二人だったのに。むなしくなる。

私と別れて以降の彼の軌跡は自分の家庭の再構築だった。傷つけた、捨てようとまでした家庭をそれは大事にしていた。

彼の家庭に新しい命が生まれていた。

もう還る場所がない私は白い闇の向こうから、一歩ずつ一歩ずつ前へ探るようにしか進めない現実を這うようにして進んできた。

なれの果てだった私は、「やり直し」しようと、傷ついた自分の魂を掬うようにして今は生きている。私のそばであふれかえるような生命感のきらめきを放つ子供と共に。そして、そんな私と子供を支えてくれるパートナーがいる。

哀しい現実。

私は、今度こそ現実を見据えて生きてきたのではなかったのか。
けれど、人はいつでも過去に振り向くときがある。
それがたとえ見るに耐えない汚点でも。

夢は夢のまま。
決して叶うはずのない儚い幻想だった。

好きだった人はもういない。
愛した子供たちがそこにいないのと同じように。
もう還る場所はなく、ただ一歩ずつただ一歩ずつ、這うようにして前へ生きていくしかない。こんなにも、心が揺れるとは思わなかったから、そんな自分に驚いた。
まだ私は、あんな酷いやり方で裏切られた人間の動向が知りたいのか。
そう思うと愕然とした。自分の心の弱さに。哀しくなる。
未だに裏切られて傷ついた私のちっぽけな自我の塊が、白い闇の底に蹲っている。
認めたくないけれど、私はきっとシアワセではないから・・・
だから、こんな風に傷つくんだ。

揺れる心が恨めしい。
精神薬に頼るしかない、まだ立ち直れていない弱い心が私を苦しめている。
早く、元気になりたい。なにより子供のために。なにより、自分のために。

瀬戸際

2011年3月16日 ふと想う
今、私は精神的にも肉体的にもギリギリ・・・

瀬戸際にいる。

でも、もうすぐわかる。
結果が、もうすぐ近づいているような気配がする。

それがどう出るか。

サイコロのように転がらされていく私。

強さ

2010年5月23日 ふと想う
ひとは、誰も自然に強くなれないし、意識して作られた強さは
それこそ、吹きガラスの固まる前の熔熱のように人工的に固まっちゃうから
再構築をしていく中で、なにかのきっかけで、バリンともろく割れてしまう
と思う。

まずは、自分を信じること。自分の軸を堅く守ること。
その周りの自分を形作るいろんな意思は、生きていくうえで酸いも甘いも
経験を重ねて、その過程の結果に強くなるんだと思う。

だから、自分がいやだなと感じることは避けるほうが良い。
自分の五感を信じるほうが正解。
無理はしないで
はぁ、ようやく本日の雑事が終わり、娘も眠り、自分ひとりだけの
時間です。今日もお疲れ様です。
陳述書を書く時間がなくなったから、もっと自由に過ごせる。
ネットサーフィンか、読書(菊田まりこさんのハッピーリレーっておすすめ)
でもしてアロマ(いつもラベンダー)に癒されようかな。

さっき、キッチンの壁を拭きながら録画しておいたHDDのミュージック
フェア聴いてたら、徳永英明さんがカバー曲を歌っていた。
その中の「あばよ」「かもめはかもめ」「まちぶせ」
それから、ユーミンの曲にじーんと来て、胸に迫るものがありました。
良い曲は、いつまでも心の中に残っていますね
徳永さんが、ユーミンの曲を歌うとき「祈り」ながら歌うという。
祈りって人の心にあってそれは他の誰かに届かなくたって、
きっと「そこ」にあると思う。いろんな形に変わりながら
いろんな誰かの心に届いていくものなんだうね。

宇井かおりさんの歌声も祈りに通じるものがあってふと彼女を想いました。

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